特別寄稿

SWAN BOAT

essey

真実の愛

 スワンボートに乗ったことは一回しかない。
 もちろん大好きだった人と。
 だが、最初、拒否された。どうして? 恋人になったからにはまずスワンボートだろうが。
 彼は、渋々乗りながらこう言った。
「ここのボートに乗ると別れるってジンクスなんだよ」
「…!」
 早く言えよ。
 慌てて降りようとするが、今度は逆に引き留められる。
「大丈夫だよ。大丈夫だって証明しようよ。オレたちで」
 何だよ。そのムダな挑戦は。
 内心溜息をつきつつも、まぁそれが男性というものなのだろうと思った。そんな小さなことを気にしていると思われたくなかったのだろう。
 ボートは気持ちよかった。
 思ったより脚力がいる。でも彼がリードしてくれるし、危うく他のボートにぶつかりそうになってもハンドルをきってくれる。
 木漏れ日はキラキラ綺麗だし、池の周りを歩く人たちが眩しそうにこちらを見ているのも優越感。まるで観客はあっちで、こっちが舞台のようだ。
 うふふふふ。
 でも不思議と、乗る前の方が楽しかったことに気付いた。
 夏だったからかもしれない。
 めちゃくちゃ暑いし、化粧崩れが気になった。
 いや、それともこういうのは、乗る前がマックスなのかもしれない。遠足の前日が一番楽しいように。
 いや、違う。きっと相性がわかってしまうからではないか? 池の上に二人きりで30分もいると、この人と合うかどうかわかってしまう。だって会話をするしかないから。その状態で楽しめる二人こそ本物、ということなのだと思う。
 案の定、彼とはだいぶ長く付き合ったものの、別れてしまった。
 以来、こちらは一度も乗っていないが、数年後のある日、子どもと漕ぐ彼らしき人物を見掛けた。見間違いかもしれない。子どもも甥っ子とかかもしれない。でももしそうじゃなかったとしたら、本物と出会えたことだと思う。
 スワンボートに乗るには「愛」という資格がいる。

髙橋幹子

脚本家/小説家/漫画原作者 OLを経て、2008年、第20回フジテレビヤングシナリオ大賞・NHK奈良万葉ラブストーリー最優秀賞を受賞し、プロデビュー。
代表作 ドラマ「天誅~闇の仕置人」、アニメ「ちびまる子ちゃん」「おじゃる丸」、マンガ「東京シェアストーリー」等