【ON THE ROAD】#07 和風スタンド 里
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ハモニカ横丁で最も古い居酒屋は、同時に最も入り辛い居酒屋だ。昭和37年の開店以来、暖簾は店内に掛けたまま。一見素通りしてしまいそうな幻の店、だが客は絶えない。それが「和風スタンド 里」だ。
東京五輪が近づく1962年、初代店主の里子さんが開いたのがはじまり。3代目のマスター豊泉さんが、所属劇団の先輩に誘われ手伝い始めたのは約40年前。包丁すら持ったことがなかった。「乾き物しかメニューなかったですから。まずは豆腐を半丁に切るところからはじめて。」その後、公演で北海道から沖縄まで全国を回る中で食べたラフテーやホッケ、北海道から沖縄まで美味しかったものを独学で研究し、次々とメニューに取り入れていった。2代目から引き継ぎ30年。里定番のそうめんオムレツ、カレー豆腐などの創作料理、冷や汁に油そば、ステーキやタンメン、冬にはカキフライと、季節に応じたメニューはどれもハズレなし。その味を求めて足繁く通う常連も多い。

実は下北沢に劇場を持つ「劇団東演」の座長としての顔もあり、二足の草鞋を履く豊泉さん。「なかなか一緒に履けなくなってきましたけどね。居酒屋も演劇も、いつまでできるかわからないもん。舞台もセリフ覚えられなくなったらおしまいだから。」
メニューは金額表示のない、オールドスタイル。「初めてくる人はドキドキするみたい。でも言うほど高くない。そりゃ近くの立ち飲み屋に比べたら少しはするけど、だってちゃんと座れて涼しくて、おしぼりまで出てるんだから当然でしょ! っていうようなことをお客さんに言ったことはあります笑」

時代を遡るような場所。豊泉さんがそう語るように、テレビも音楽もなく会話だけの空間。だがその変わらなさを求める人がいる。「なんか知らないけど『落ち着く』とか言われるんだよね。俺何にもしてないし、ゴマもすらないんだけどさ。」その気負わない自然体の人柄も、常連が離れない魅力の一つ。「異空間でしょ? このハモニカの中で。60何年間暖簾は中にしか入れてませんから。いつでもお断りできます。変な人がガラっと来ても『もうおしまいです』って言えるの笑。」

同席の男性客が「少ない席の中で、ものすごく穏やかになれる」と話してくれた。「それがお店の歴史ですよね。お客さんが作って下さった雰囲気なり歴史、少なくともそれは変えないように。引き継いだ時からそれだけはずーっと心がけてる。崩しちゃいけないって。」初代の頃のお客さんは「里」ではなく「お里」と呼ぶ。それが「和風スタンド里」が紡いできたヒストリの深さを示している。
「和風スタンド里」は失くしつつある、あの頃の懐かしくてあたたかい場所を守り続けている。二足の草鞋のやわらかな足跡は、季節が巡っても消えずに残り続けるだろう。
和風スタンド 里
☎0422-22-8674
武蔵野市吉祥寺本町 1-1-4
17:00-22:30 日祝