【あしたの闇太郎】 第3話 25cmロウの”解放区”

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闇太郎を吉祥寺でやると決めた時、近所の学生や若者たちをターゲットにして、とにかく安い値段で健康的にやろうと思った。はじめは「哲学酒場・闇太郎」と銘打つことも考えたが、文学青年や活動家たちのたまり場になっても困るので止した。でも客と店、客と客の出会いやコミュニケーションは大切だと思い、ロウ(低い)カウンター席でいこうと決めた。
内装の大工さんからはテーブル席か小あがりをつくって席数を増やした方がいい、と何回か提案されたが、カウンター店にこだわった。その方がシンプルで粋な感じがしたし、酔ったら帰る、さらっとした飲み方もできる気がした。

もう一つ大きな理由があった。万一人手が無い時に、自分一人でも営業できる店にしておきたかったのである。高度成長期のその頃は人手不足で悩んだり困っている店をいっぱい見知っていたから。カウンターだけなら、一人でも何とかやりくり可能と思われた。
さらにカウンターの内側の空間をできる限り広くとることにした。一般的な狭い造りだと窮屈で疲れるだろうし、毎日のびのびと働けるようにしたかった。
僕はこの広い空間を全共闘の学生に習って「解放区」と呼んで楽しんだ。「客席の方が狭くて内側が広いなんて贅沢な造りだね」と皮肉を言われることもあったが「お客さんは飲む時だけでしょう、僕らは毎日ここで働いているからね」などと切り返したものだ。
またカウンターの内側を25cm程低くして、坐った客と同じ目線で交われるようにした。分厚いコンクリートを掘り下げるのは大変な作業であったが、予算が少ないので僕らも手伝って掘った(カウンター内の設備や調度品は合羽橋に何度も通って自分たちで設置した)。

大工さんは昔気質の職人肌の人で、金の無い僕らの注文をよく聞き入れてくれ、安普請だが丈夫なものを心がけてくれた。しかし「できればカウンターは檜木で」と頼んだ時は、さすがに「予算オーバーでとてもできない。3年位して儲けた後に作り替えたらいい」と言われた。3年どころか10年、20年、30年…ついにこのプリント合板のカウンターは壊れず持ちこたえたので、檜木に変えるチャンスを失なった。この50年、延べ何十万人のお客さんがこのカウンターを利用したことだろう! 長持ちのカウンターに祝福あれ!  
あの年老いた大工さんには本当に頭が下がる。工期がのびたりして、ほとんど儲けもなかったのではないか。50年経った今も、開店時そのままの姿で、闇太郎は存在し続けている。

闇太郎
Tel : 0422-21-1797
〒180-0002
東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-18
営業時間 : 18:00~22:00
定休日 : 日(祝日不定休)